札幌高等裁判所函館支部 昭和30年(う)120号 判決 1956年8月21日
主文
原判決を破棄する。
被告人は無罪。
理由
弁護人登坂良作、赤井力也、熊谷正治および被告人の各控訴趣意は、同人ら提出の控訴趣意書の記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
右控訴趣意(法令違反、事実誤認)について。
論旨は、
一、先ず原判示滞納処分は無効である。すなわち
(一) 原判示差押調書中衣類を差押えた点については、その物件の表示として単に行李詰衣類一五個、箱詰衣類八個、茶箱一個および行李詰衣類五個と記載してあるのみで、差押財産の数量、性質、その他重要なる事項の記載がない。本来滞納処分は、要式行為であつて、国税徴収法および同法施行規則に依拠することを要する。しかるに、右調書は、前記のとおりで同法施行規則第一六条第一項第二号所定の要式を欠いている。
(二) 滞納者小野将造の滞納税額は、五五、二七〇円に過ぎない。しかるに、その差押財産の価格は二九〇、〇〇〇円の多額におよんでいる。差押財産の価格が社会常識上著しく徴収金額を超えるものは、財産権の侵害として違法である。
(三) 本件滞納処分は、専ら滞納者小野将造に対する一般債権者の強制施行を免れしめる目的で為された仮装の処分である。
二、仮に、本件滞納処分は、有効であるとしても、
(一) 被告人は、本件滞納処分を前記一の理由で無効であると信じて原判示差押の標示を破棄したものであるから、罪となるべき事実を錯誤したものであつて犯意を阻却する。
(二) 被告人の原判示所為は、強制施行機関として民事訴訟法に基いて為した正当なる職務行為である。
というにある。
一、思うに封印破棄罪の成立があるというためには、その封印、差押の標示をした公務員の行為が適法であることを要するものと解するので、先ず、本件滞納処分は、適法であるかどうかについて考えるに、
(一) いわゆる滞納処分が要式行為であることは、所論のとおりであるが、動産の差押は、収税官吏が差押財産を占有することによつてこれを為すものであつてその他の行為を要しない。(国税徴収法第二二条)すなわち、収税官吏が該占有を取得するときは直ちに差押の効力を生ずるものであつて(昭和一三年三月一一日行政裁判所判決。)差押調書は、単に後日の証拠であるに過ぎない。したがつて、調書の内容の欠缺は、その欠缺した事項について公正証書たる証拠力を有しないというに止まり、その調書の不完全は、執行行為の効力になんら影響をおよぼすものではない。
(二) 収税官吏が財産を差押えるについては、別段の規定を待つまでもなく徴収額に対応してその差押えるべき財産の額に一定の限度があることは自明の理というべきであるが、本来差押は公売処分と異り一時その財産の処分を禁止する保全処分に過ぎないものであつて、公売のように財産権の喪失を来すものでないばかりでなく、徴収額に基いて適度の価格を定めることは、公売のうえでなければこれを為し得ないのであるから、収税官吏は徴税のため必要と認める範囲で任意に差押を為すことができるものと解すべきであつて、その差押財産の価格が徴収額を超過し、必ずしも穏当の処置といえない場合であつても、それだけでは直ちに違法の処分ということはできない。
(三) 本件記録によれば、後記のように、本件滞納処分については、穏当を欠く処置であるとのそしりを免れない幾多の事実が認められ、単に該事実のみによるときは、同処分の動機に疑いをさしはさむ余地がないとはいえないが、原審および当審証人若山泰蔵、野田長助、原審証人小野藤造、当審証人渋木勇、林原清作、稲見好雄、堀内重蔵の各証言および同人らの検察官に対する各供述調書の記載を綜合すれば、本件滞納処分は、当時の函館市徴収課長渋木勇において、小野将造が多額の負債を生じ、その債権者のひとりである有限会社三幸商会から仮差押を受けた旨聞知したため、同人に対する滞納税の徴収を保全するため同市徴収吏員野田長助らをして本件滞納処分を為さしめたものである事実が認められ、同課長らにおいて小野将造と通謀し、同人の財産を隠匿する手段として該処分を為さしめたものであるという事実についてはこれを認めるに足る的確な証拠はない。
さすれば、本件滞納処分は、適法に為されたものであつて、その差押の標示は、有効と解すべきである。
なお、被告人は、本件所為は、正当なる職務行為である旨主張するので、一言するに、本来執行吏は、執行のため必要ある場合においては、捜索権を行使し得ることはいうまでもないが、行政庁が滞納処分として差押えた財産に対してさらに民事訴訟法による差押が許されるかは極めて疑問であつて、国税徴収法第二条、第三条、第四条の一、第一九条、第二八条第二項、民事訴訟法第五八六条および第六四五条の各規定に徴すれば、重複して民事訴訟法による差押はこれを許さないものと解する外はない。さすれば被告人の本件行為を目して、正当なる職務行為と解することはできない。
二、そこで、被告人は、所論のように罪となるべき事実を錯誤し、原判示の罪を犯す意思がなかつたかどうかについて考えるに、刑罰法規が或る罪につき構成要件を定めるに当つてその内容を民法等の非刑罰法規に委付している場合に、行為者において右法規を誤解し、刑罰法規の禁止する行為を実行する権利あるものと信じこれを犯したときは、すなわち罪となるべき事実に錯誤あるものとして犯意を阻却すると解すべきところ、原判決挙示の証拠、当審で取り調べた前記証人や、同佐藤定丸、樋渡道一、辻貫之の各証言および検証の結果を綜合すると、(イ)滞納者小野将造が代表取締役となつている繊維卸売業を営む小野将株式会社は、昭和二九年三月頃事業不振のため、二〇、〇〇〇、〇〇〇円余の負債を生ずるにいたつたが、その債権者のひとりである有限会社三幸商会に対して有する一五〇、〇〇〇円の手形債務について、右株式会社と合同責任のある小野将造は、昭和二九年三月五日函館地方裁判所所属の執行吏である被告人から自己所有の原判示動産一〇〇点余に対して右債権保全のための仮差押を受けたところ、同月八日函館市は、原判示固定資産税滞納額四九、一〇〇円について右仮差押物件中の総桐タンス四棹等合計四二点の外衣類等を一括して行李詰一五個、箱詰八個および茶箱一個合計三〇〇点を差押えたうえ被告人に対して右四二点の仮差押の解除方を要請し、(ロ)さらに、同年五月二三日原判示市民税等滞納額合計六、一七〇円について前記以外の衣類等を一括して行李詰五個等合計三二点を差押えたが、(ハ)いずれもこれを小野将造の保管に任せ、右行李等に対して為した差押の標示は、これを損壊せずして中の物を出し入れできる個所に施し、(ニ)しかも、同行李詰等の梱包は、同市徴収吏員が差押を執行する以前既に小野将造の家人によつてなされている、同吏員は、その内容をほとんど点検せず、小野将造の長男藤造の申出により単にこれを衣類詰として差押え差押調書にもそのように記載したため、物件の性質は右調書上まつたく不明であり、(その中には、下駄、雑誌、刀剣、空気銃、古銭、写真、アルバム等行李に詰め代えで八個分あつた。)(ホ)小野将造は、その被後見人金井道則の固定資産税を代納義務者として届出て昭和二九年三月八日の滞納処分を受けるに当つてその分の差押をも承諾し、(ヘ)前記有限会社において同会社が小野将造らに対して前記手形債権の外六六五、〇〇〇円余の債務名義に基いて、被告人が同年五月二七日原判示強制執行を施行するに際し、同市徴収吏員に対して右滞納税金を代納することを申立たが、同吏員はこれを拒絶し、(小野将造は、その直後同吏員に対して債権者の代納を拒絶されたい旨要望した。)(ト)被告人は、右強制執行を開始するに当つて同市徴収吏員に対して前記行李等の内容を開示すべきことを求めたが、同吏員はこれを拒絶し、(チ)右差押財産の見積価格は、合計二九〇、〇〇〇円にのぼり徴収額五五、二七〇円に比して二三〇、〇〇〇円余を超過し、(リ)ことに右小野藤造らは、同市徴収吏員の差押執行にはその梱包材料等を提供する等積極的に協力したが、被告人の右強制執行に対しては小野将造の次男将治において暴力をもつてこれを阻止し(将治は、これに因り公務執行妨害罪として懲役四月に処せられた。)た各事実が認められるので、被告人が検挙以来「本件滞納処分は、同市徴収吏員において小野将造の一般債権者の強制執行を免れしめる目的で同人と通謀してこれを為したものと考えたため、該処分は違法なものであつて、本件差押の標示は無効であると信じ、強制執行のためこれを破棄した。」旨の弁解は、真実と認められる筋合であつて、右認定をくつがえすに足る証拠はない。さすれば、被告人は、法律上前示封印は無効であると誤信した結果本件所為におよんだものであるから、刑法が保護の対象とした封印又は差押の標示を損壊する認識を欠いたものというべく、以上諸般の事情からみれば、被告人が右のように誤信したのはまことにやむを得ないものと認められ、これに対して刑罰の制裁を科するは酷に失するので被告人に対しては、犯意を阻却するものとして、その刑事責任を問い得ないものと解する。本件はこの点について犯罪の証明がないことに帰する。しかるに、原判決は、被告人に事実の誤認なしとし又は仮に被告人にその弁解のような錯誤があつたとしても、それは単に法律の不知を主張するに過ぎないものとして有罪の言渡をしたのは、判決に影響をおよぼすこと明らかな事実誤認又は刑法第三八条第三項の解釈を誤つた違法があるというべきである。論旨は理由がある。
よつて、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条、第三八〇条によつて原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書によつてさらに判決する。
本件公訴事実は、「被告人は、函館地方裁判所執行吏として、債権者中村泰政より同人の債務者函館市地蔵町二番地の九小野将造に対する強制執行の委任を受け、昭和二九年五月二七日右小野の動産差押のため同人方に赴いたのであるが、その際同人の動産に対しては既に函館市において同人に対する固定資産税等の市税および手数料等の滞納処分として差押を為しその差押を表示する封印を施してあり、且つ市徴税吏員の制止ありたるにもかかわらず、同日同所において衣類入行李等約二九個の市差押表示たる封印を勝手に自ら或は補助者に命じて破棄して当該衣類入行李等を二重に差押えこれを他に持去つたのである。」というにあるけれども、前記説明のとおり犯罪の証明がないので刑事訴訟法第四〇四条、第三三六条によつて被告人に対して無罪の言渡をすることにした。
よつて主文のとおり判決した。
(裁判長判事 西田賢次郎 判事 水野正男 小野沢竜雄)